夕景の海を進む船へ、松浦佐用姫が高い嶺から領巾を振って見送る、『万葉集』の歌群をもとにした創作イラスト。

物語 ・古典原典

松浦佐用姫と領巾振の嶺

マツラサヨヒメ(マツウラサヨヒメ)とヒレフリノミネ

『万葉集』・『肥前国風土記』 佐賀県

松浦佐用姫が船出を領巾で見送る『万葉集』の歌群と、『肥前国風土記』に弟日姫子の名で記された蛇の異聞を、混ぜずに紹介します。

代表的な物語

物語

大伴佐提比古おおとものさてひこが朝廷の命を受け、海の向こうの国へ向かうことになりました。船出の日、妻として記される松浦佐用姫《まつらさよひめ(まつうらさよひめ)》は、高い山の嶺に登り、遠ざかる船をはるかに見つめました。別れを悲しみ、彼女は身に着けていた領巾ひれを外して船へ向けて振ります。そばにいた人々も涙を流し、この山は領巾麾ひれふりの嶺みねと呼ばれるようになりました。

この別れを歌った一首は、夫を恋い、領巾を振ったことから山の名が生まれたのだと詠みます。続く歌では、佐用姫が山の名を後の世へ伝えるために領巾を振ったのだろうかと問い、万代まで語り継ごうと歌います。さらに歌人たちは、沖を行く船へ帰れと呼びかけたのだろうか、振り留められなかった姫はどれほど恋しく思ったのだろうかと、歌を重ねました。

歌群は船が戻ったとは語らず、佐用姫がその後どうなったかも記しません。遠ざかる船、領巾を振る姿、別れを見守る人々の涙、そして山の名を歌に残します。佐用姫の別れは、後の人々が応えて詠む歌へ続いていきました。

異聞

『肥前国風土記』では、大伴狭手彦おおとものさてひこが任那みまなへ向かう途中、松浦の篠原村で弟日姫子おとひひめこと夫婦になりました。別れる日、狭手彦は姫に鏡を渡します。弟日姫子は涙を流しながら川を渡りましたが、鏡の緒が切れて、鏡は川に沈みました。その場所は鏡渡かがみのわたりと呼ばれるようになりました。

狭手彦が船で任那へ渡るとき、弟日姫子は峰へ登って領巾を振り、船を見送りました。それから五日が過ぎた夜、狭手彦によく似た男が毎晩訪ねてくるようになり、夜明け前には帰っていきます。姫は相手を不思議に思い、ある晩、男の裾へ麻糸を結びつけて、その行き先をたどりました。

糸は峰の頂にある沼へ続いていました。そこには、人のような身体を水底に沈め、岸辺に蛇の頭を横たえるものが眠っています。それはやがて人の姿になり、篠原の弟日姫子と一夜をともにできたなら家へ帰そうと歌いました。これを聞いた姫の侍女は親族へ走って知らせます。

親族が峰へ駆け付けると、蛇も弟日姫子も姿を消していました。沼の底には人の遺体だけがあり、親族はそれを姫のものと考えて、峰の南に墓を造りました。『肥前国風土記』は、その墓が残っていると記しています。

概要

松浦佐用姫は、『万葉集』巻五の歌群で、遠ざかる船を領巾で見送る人物として歌われます。一方、『肥前国風土記』松浦郡条では、弟日姫子という名の女性が、狭手彦との別れの後に沼の蛇を追う説話が記されています。二つの作品は主人公の名と展開が異なるため、本稿ではそれぞれの物語として分けて紹介します。

現代語解説

『万葉集』の代表話は、巻五871番歌の序と、続く872〜875番歌に基づきます。序は船出を見送る姫と領巾を振る姿を記し、歌は山名の由来や、沖へ進む船を引き留められなかった姫の思いを重ねます。

『肥前国風土記』の主人公は弟日姫子です。佐用姫の話と結び付ける後世の研究はありますが、本文の名前と筋は異なります。鏡の落下や蛇の訪問を『万葉集』の代表話へ加えず、「異聞」として独立させました。

ここで扱うのは、古典作品に残る説話と歌の表現です。狭手彦の歴史上の事績や、姫との関係、物語の出来事を史実として証明する記事ではありません。後世に加わった石化伝説や、特定の現在地に関する説明も扱いません。

登場人物・登場する存在の紹介

松浦佐用姫まつらさよひめは、『万葉集』の序で大伴佐提比古おおとものさてひこの妻として記され、船出を山から見送り、領巾ひれを振る人物です。佐提比古は、朝廷の命を受けて海の向こうへ向かう人物として描かれます。

異聞の弟日姫子おとひひめこは、『肥前国風土記』に別の名前と筋で登場する姫です。蛇が訪れる話の主人公であり、佐用姫と同一人物だと断定して二つの話をつなげません。

深く知る

出典を確かめる

本文中の説明ごとに、根拠となる資料と該当箇所を示します。

伝承

『万葉集』巻五871番歌・序

『万葉集』巻五の序は、大伴佐提比古が朝命を受けて船出し、松浦佐用姫が高い嶺から船を見て領巾を振り、周囲の人々も涙を流したと記す。山は領巾麾の嶺と呼ばれる。
  1. 『万葉集』巻五871番歌・序『万葉集』巻五事実要約可/PDM(独自要約)

伝承

『万葉集』巻五871〜875番歌

871〜875番歌は、山名の由来、後世へ語り継ぐこと、沖の船へ帰れと領巾を振ったこと、船を振り留められなかった姫の思いを歌い重ねる。
  1. 『万葉集』巻五871〜875番歌『万葉集』巻五事実要約可/PDM(独自要約)

伝承

松浦郡「鏡渡」

『肥前国風土記』松浦郡条は、狭手彦と篠原村の弟日姫子が夫婦になり、別れの日に鏡が川へ沈んだ場所を「鏡渡」と名づけたと記す。
  1. 松浦郡「鏡渡」『肥前國風土記』事実要約可/CC BY(独自要約)

伝承

松浦郡「褶振峰」

同条は、狭手彦の船出を弟日姫子が峰から領巾を振って見送ったと記す。
  1. 松浦郡「褶振峰」『肥前國風土記』事実要約可/CC BY(独自要約)

伝承

松浦郡「褶振峰」

同条は、別れから五日後に狭手彦に似た夜の訪問者が現れ、弟日姫子が麻糸で追跡し、沼の蛇を見つけた後、蛇と姫が姿を消し、親族が遺体を姫のものと考えて墓を造ったと記す。
  1. 松浦郡「褶振峰」『肥前國風土記』事実要約可/CC BY(独自要約)

異説・解釈

pp.11–21

『万葉集』の松浦佐用姫と『肥前国風土記』の弟日姫子を、関連する佐用姫伝承として捉える後世の研究がある。
  1. pp.11–21藪敏晴「松浦佐用姫と弟日姫子」事実要約可/独自要約・文章画像の転載なし

異説・解釈

871番歌序、松浦郡「鏡渡」「褶振峰」、研究論文全体

二つの古典作品の主人公名と展開を保ち、同一人物の確定や物語の合成を避ける。
  1. 871番歌序、松浦郡「鏡渡」「褶振峰」、研究論文全体『万葉集』巻五事実要約可/PDM(独自要約)
  2. 871番歌序、松浦郡「鏡渡」「褶振峰」、研究論文全体『肥前國風土記』事実要約可/CC BY(独自要約)
  3. 871番歌序、松浦郡「鏡渡」「褶振峰」、研究論文全体藪敏晴「松浦佐用姫と弟日姫子」事実要約可/独自要約・文章画像の転載なし

概要

登場人物・登場する存在の紹介

松浦佐用姫まつらさよひめは、『万葉集』の序で大伴佐提比古おおとものさてひこの妻として記され、船出を山から見送り、領巾ひれを振る人物です。佐提比古は、朝廷の命を受けて海の向こうへ向かう人物として描かれます。

異聞の弟日姫子おとひひめこは、『肥前国風土記』に別の名前と筋で登場する姫です。蛇が訪れる話の主人公であり、佐用姫と同一人物だと断定して二つの話をつなげません。
  1. 『万葉集』巻五871番歌・序/『万葉集』巻五871〜875番歌/871番歌序、松浦郡「鏡渡」「褶振峰」、研究論文全体『万葉集』巻五事実要約可/PDM(独自要約)
  2. 松浦郡「鏡渡」/松浦郡「褶振峰」/871番歌序、松浦郡「鏡渡」「褶振峰」、研究論文全体『肥前國風土記』事実要約可/CC BY(独自要約)
  3. pp.11–21/871番歌序、松浦郡「鏡渡」「褶振峰」、研究論文全体藪敏晴「松浦佐用姫と弟日姫子」事実要約可/独自要約・文章画像の転載なし

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