燃え広がる草むらで、日本武尊が剣で草を払い、火打具の火花を掲げて進路を開く場面の創作イラスト。

物語 ・古典原典

草薙剣と
日本武尊

クサナギノツルギとヤマトタケルノミコト

『日本書紀』景行紀 愛知県

『日本書紀』景行紀に沿って、日本武尊が草薙剣を受け、駿河の火攻めを逃れ、尾張へ剣を残す物語を紹介します。

代表的な物語

物語

東へ向かう日本武尊は、伊勢で倭姫命に別れを告げました。倭姫命は草薙剣を取り出し、気を緩めないよう言い添えて日本武尊へ渡します。剣を携えた日本武尊は、東征の道を進みました。

駿河に着くと、土地の者たちは従うふりをして、日本武尊を草深い野へ誘い込みます。野に入ったところで周囲に火が放たれ、炎が迫りました。日本武尊は腰の剣を抜き、身の周りの草を払って進路を開きます。さらに燧で火を起こして火攻めを逃れました。日本武尊はこの地を焼津と呼び、剣を草薙剣と名づけたと『日本書紀』は伝えます。

その後、日本武尊は尾張へ戻り、尾張氏の娘・宮簀媛と婚姻しました。しばらく尾張にとどまったのち、近江の伊吹山へ向かうことになります。出発の際、日本武尊は草薙剣を宮簀媛の家に置き、剣を持たずに山へ入りました。

『日本書紀』は、別の伝えとして、火攻めのとき佩いていた剣が自ら草を薙ぎ払ったとも記します。草を払ったのが日本武尊か剣か、二つの筋は一つにまとめず、同じ巻に並ぶ異伝として読めます。

概要

草薙剣は、『日本書紀』景行紀の日本武尊の物語に登場します。伊勢で倭姫命から剣を受け、駿河の火攻めを逃れた後、尾張へ戻って宮簀媛の家に剣を置いていく展開です。剣が尾張国の熱田社にあるという記録も、同じ書の後段に見えます。

現代語解説

この記事は『日本書紀』景行紀をもとにした一つの語りです。火攻めを逃れる場面には「一云」として、剣そのものが草を薙いだ異伝があります。草薙剣の名称や物語の細部は資料ごとに確認が必要なため、他の古典の記述を混ぜていません。

景行天皇51年条には、剣が尾張国の熱田社にあるとの記録があります。これは『日本書紀』に記された内容の紹介であり、神器の実在や現在の所在を記事が確認するものではありません。

登場人物・登場する存在の紹介

日本武尊やまとたけるのみことは、『日本書紀』景行紀で東へ向かい、草薙剣を携えて火攻めを逃れる人物です。ここでは同書の物語上の役割を紹介します。

倭姫命やまとひめのみことは、伊勢で日本武尊へ草薙剣を渡す人物です。宮簀媛みやずひめは、尾張で日本武尊と婚姻し、伊吹山へ向かう尊が剣を置いていく家の人物として登場します。

深く知る

出典を確かめる

本文中の説明ごとに、根拠となる資料と該当箇所を示します。

概要

登場人物・登場する存在の紹介

日本武尊やまとたけるのみことは、『日本書紀』景行紀で東へ向かい、草薙剣を携えて火攻めを逃れる人物です。ここでは同書の物語上の役割を紹介します。

倭姫命やまとひめのみことは、伊勢で日本武尊へ草薙剣を渡す人物です。宮簀媛みやずひめは、尾張で日本武尊と婚姻し、伊吹山へ向かう尊が剣を置いていく家の人物として登場します。
  1. 景行天皇40年10月条/景行天皇40年条/景行天皇40年条「一云」/景行天皇51年8月条『日本書紀』事実要約可/CC BY-SA 4.0(独自要約)
  2. 景行天皇40年10月条/景行天皇40年条/景行天皇40年条「一云」/景行天皇51年8月条國學院大學デジタルミュージアム「熱田神社」事実要約可/独自要約・文章画像の転載なし

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