物語 ・古典原典
伊奈利社逸文
イナリシャイツブン
1898年刊『古風土記逸文』に収められた伊奈利社の縁起を、原『山城国風土記』の逸文としての論点とともに紹介します。
代表的な物語
物語
秦中家忌寸等の遠祖、伊侶具秦公は、積み上げた稲梁の上に餅を置き、それを的にして矢を放ちました。
矢が餅を射抜くと、餅は白鳥の姿に変わりました。白鳥は空へ舞い上がり、山の峰へ飛んでいきます。白鳥が降りた場所には稲が生え、実りが広がりました。
伊侶具秦公は、その出来事を忘れませんでした。餅が白鳥となって峰にとどまり、そこに稲が生えたことから、その社を伊奈利と呼ぶようになったと語られています。
矢が餅を射抜くと、餅は白鳥の姿に変わりました。白鳥は空へ舞い上がり、山の峰へ飛んでいきます。白鳥が降りた場所には稲が生え、実りが広がりました。
伊侶具秦公は、その出来事を忘れませんでした。餅が白鳥となって峰にとどまり、そこに稲が生えたことから、その社を伊奈利と呼ぶようになったと語られています。
概要
1898年刊『古風土記逸文』上巻に収められた伊奈利社の条は、餅・白鳥・稲をめぐる縁起を記します。本項目は、その纂訂本文と、原『山城国風土記』の逸文としての注意点を紹介します。
登場する神
どのような神なのか、物語での役割や司るものを出典に沿って紹介します。
伊奈利社の神
稲が生える土地の縁起に結びつく神です。『山城国風土記』逸文は、餅から変じた白鳥が降りた所に稲が生えたと語ります。この逸文だけで、稲荷信仰全体のご利益や祭神を説明するものではありません。
出典:古風土記逸文 上 現代語解説
「伊奈利社」条は、稲・餅・白鳥を一続きに語る縁起です。ここでの「稲」は条の中で社名と関係づけられますが、現代の稲荷信仰全体の意味や、各地の祭祀を説明するための根拠にはしません。本文は、国立国会図書館が公開する1898年刊本のコマ19を独自に要約したものです。
この条は「山城風土記曰」として伝わりますが、原『山城国風土記』そのものは現存しません。井上満郎は、逸文の伝来と年代判定に論点があることを整理しつつ、『河海抄』の表記などから和銅風土記の逸文と考え得ると論じています。本項目ではこの検討を唯一の結論とはせず、信仰の由緒や地域の公式見解を代弁しません。
深く知る
出典を確かめる
本文中の説明ごとに、根拠となる資料と該当箇所を示します。
伝承
1898年刊本に収められた伊奈利社条
1898年刊『古風土記逸文』上巻の「伊奈利社」条には、伊侶具秦公が餅を的にすると白鳥となって山峰へ飛び、そこに稲が生じたことを社名と結びつける縁起が記される。
- コマ19「山城風土記曰伊奈利社」条古風土記逸文 上事実要約可/インターネット公開(保護期間満了)
異説・解釈
逸文の史料上の注意
井上満郎は、「伊奈利社」条を含む原『山城国風土記』は現存せず、奈良時代の風土記本文とみなせるかには議論があると整理する。一方、『河海抄』の表記などから和銅風土記の逸文と考え得ると論じる。
- 224〜225頁伏見稲荷大社創建についての再検討事実要約可/論旨の独自要約のみ
神の説明
伊奈利社の神
稲が生える土地の縁起に結びつく神です。『山城国風土記』逸文は、餅から変じた白鳥が降りた所に稲が生えたと語ります。この逸文だけで、稲荷信仰全体のご利益や祭神を説明するものではありません。
- コマ19「山城風土記曰伊奈利社」条古風土記逸文 上事実要約可/インターネット公開(保護期間満了)
