浜辺で烏たちの様子を見る狐の創作イメージ

アイヌ口承文芸・神謡

狐が見た鯨はどこへ
——「トワトワト」

きつねがみたくじらはどこへ

北海道

知里幸恵編訳『アイヌ神謡集』の一篇。浜辺や川辺で次々と見間違える狐の話をたどります。

代表的な物語

物語

ある日、狐は食べ物を探しに海辺へ出かけました。石や木片の間を進んでいくと、向こうの浜に大きな鯨くじらが打ち上がっているように見えました。

人々は晴れ着を着て、海からの恵みを喜び、踊っています。肉を切る人や運ぶ人が行き交い、海の方に感謝する人もいるようでした。狐は、少しでも分けてもらえたらと喜び、声を上げながら浜へ急ぎました。

ところが、近くに着いてみると、鯨に見えたのは犬たちの糞ふんの山でした。踊ったり肉を運んだりする人々と思ったものも、糞をつつき、飛び回る烏からすだったのです。狐は自分の見間違いに腹を立て、また海辺を走っていきました。

しばらくすると、今度は舟の中で二人の人がお悔やみを言い合っているように見えました。何か大変なことがあったのだろうか。狐は話を聞こうと、声を上げて近づきました。

けれども、舟に見えたのは浜辺の岩で、人に見えたのは二羽の鵜うでした。鵜が長い首を伸ばしたり縮めたりする様子を、狐は人の姿と見間違えたのでした。

狐が川を上っていくと、浅瀬で二人の女が泣き合っているように見えました。何があったのかと急いで行くと、そこには二つの簗やながありました。その杭くいが流れに揺れているのを、狐は女たちの姿と見たのでした。

また見間違えたことを腹立たしく思いながら、狐は家へ向かいました。すると今度は、家が燃え上がり、煙が空に立ち込めているように見えたのです。狐は驚き、声を上げました。

向こうから狐の妻が飛んできて、何があったのかと尋ねました。家は燃えていませんでした。妻が粟あわを搗ついて簸ひっていたところ、風が糠ぬかを吹き飛ばし、それが煙のように見えたのです。

ところが、狐の叫びに驚いた妻は、簸ていた粟を道具ごと放り出してしまいました。狐は食べ物を見つけられず、家でもその夜の食事ができなくなりました。狐は腹を立て、床の底へ身を投げて寝てしまいました。

概要

「トワトワト」は、知里幸惠ちりゆきえが編み、日本語訳を付けた『アイヌ神謡集』に収められた一篇です。狐自身の語りとして、遠くから見たものが、近づくたびに違う姿を現します。ここでは同書の一篇に沿って物語を紹介します。

『アイヌ神謡集』は、アイヌ語で書かれた謡と日本語訳を収めた本です。この話を、アイヌに伝わるすべての狐の物語や、特定の土地の伝承の代表と決めることはできません。

現代語解説

登場する存在

狐は、この謡を自ら語る主人公です。食べ物を探しに出かけ、見えたものの正体を確かめながら浜辺から川を進みます。謡の末尾では「狐の頭かしら」が物語ったと記されています。

狐の妻は、家で粟の作業をしている存在です。狐の叫びに驚いて外に出た結果、簸ていた粟を放り出してしまいます。作品が説明しない名前や経歴は補っていません。

繰り返される見間違い

鯨と烏、舟と鵜、女たちと簗の杭、そして火事と粟の糠。狐が遠くから見た姿と、近くで確かめた姿が繰り返し入れ替わります。最後は、驚いた狐の叫びが家での出来事にもつながります。

原文は狐の一人称で語られています。ここでは出来事を追いやすい文章にまとめましたが、謡のリズムや言葉をそのまま再現したものではありません。青空文庫の本文では、知里幸惠によるアイヌ語のローマ字表記と日本語訳を読めます。

青空文庫の本文を読む

深く知る

出典を確かめる

本文中の説明ごとに、根拠となる資料と該当箇所を示します。

画像を拡大表示